さとちんdiary

普通の大学生が見たもの、感じたもの、考えたもの

未来に向かって『君たちはどう生きるか』を読んで

お久しぶりのさとちん書評です。
「失われた20年」や「悟り世代」と言われる今の20代。僕はそれを聞いて悲しくなる。なぜ、そう言われないといけないのだろうか。その原因を作ったのは誰であろうか。これから20年、30年いや100年といった未来あるはずの若者がどうして苦しまなければいけないのだろうか。この先、僕たちはどう生きていけばいいのだろうか。僕はこの本で問う。 

 

君たちはどう生きるか (岩波文庫)

君たちはどう生きるか (岩波文庫)

 

 
目次
1へんな経験
2勇ましき友
ニュートンの林檎と粉ミルク
4貧しき友
5ナポレオンと四人の少年
6雪の日の出来事
7石段の思い出
8凱旋
水仙の芽とガンダーラの仏像
10春の朝

 

この本で考えたこと

自分たちの地球が宇宙の中心だという考えにかじりついていた間、人類には宇宙の本当のことがわからなかったと同様に、自分ばかりを中心にして、物事を判断してゆくと、世の中の本当のことも、ついに知ることが出来ないでしまう。大きな真理は、そういう人の眼には、決してうつらないのだ。

自分のことを中心して物事を判断している間は、真理つまり真に正しいことを見ることはできない。まだ僕たち若い人は知らないことばかりだ。だから、自分さえ良ければ、私は…という考えになってしまう。しかし、僕は思う。これは若い人だけができないものなのだろうか。あるシンポジウムで有名なジャーナリストは70歳以上の参加者にこう言った。「あなたたちはもう人生長くない。なぜならあと20-30年で死ぬのだから。自分のことを考えないで娘、息子、孫に良いことしてあげなさい。彼らのことを考えてあげなさい」と。

人間である限り、誤りは誰にだってある。そして、良心がしびれてしまわない以上、過ちを犯したという意識、僕たちに苦しい思いをなめさせずにはいない。しかし、コペル君、お互いに、この苦しい思いの中から、いつも新たな自信を汲みだしてゆこうではないか、
―正しい道に従って歩いて行く力があるから、こんな苦しみもなめるのだと。

僕なりにこれを簡単な言葉で、「人は生きている限り、苦しいこともある。苦しいこともあるけれど、新たな自信でそれを乗り越えていこう。苦しいこともあるから人生なのだ」と捉えた。人生はいつも幸せなわけではない。苦しいことを糧に人生を生きていこう。それは冒頭で言った一種の「悟り」につながるのかもしれない。何も苦しいことのないこの苦しい時代に何を信じて、どんな希望を持って生きていけばいいのだろうか。

主人公であるコペル君はこう考えます。

僕は、すべての人がおたがいによい友だちであるような、そういう世の中が来なければいけないと思います。人類は今まで進歩してきたのですから、きっと今にそういう世の中に行きつくだろうと思います。そして僕は、それに役立つような人間になりたいと思います。

そしてこの本はこう終わりを迎えます。

コペル君は、こういう考えでいきてゆくようになりました。そして長い長いお話も、ひとまず終りです。そこで、最後に、みなさんにおたずねしたいと思います。
君たちはどう生きるか。

 

君たちはどう生きるか (岩波文庫)

君たちはどう生きるか (岩波文庫)

 

 

感想

自分の境遇と重なるのではないか。僕はそう思い、この本を手に取った。ぼくたちはどう生きることができるのだろう。僕はコペル君のような答えはまだ見つかってない。学生のうちにはまだ見つからないとも思っている。だけれども最後まで「悟って」はいけない。これから長い人生、僕なりの生き方を探し、それを持って生きていくこと。それが自分の、更には日本の新しい未来、希望、夢につながっていくのだと思う。僕はこの本を読んで未来を悲観して生きていくのではなく、未来に自信を持って挑むことの心を学んだのかもしれない。

さとちん

 

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